〇六部隊の前線便3通目 ドコデモドア→「しずかちゃーん!遊びに来たよー!」


「きゃー!のび太さんのエッチー!」


のび太がしずかちゃんの風呂を覗いたとき、スカートをめくったときに発せられるこの一言。これは非常にうれしい悲鳴であるように思います。セクハラされたという事実に言及しながらも、それを完全否定せずに、なおかつ女性的で大きなリアクションを返してくれる。その後はだいたいお湯をかけたりひっぱたいたりして仕返しするんですが、次会うときにはあっけらかんとしていつも通りに接してくれる。普通に考えたら小学校高学年という多感な時期に男子から裸やパンツを見られたら相当なショックでその男子とは顔を合わせづらいものであるということは想像に難くないです。しかし、しずかちゃんは強い。そんな彼女に惚れてしまうのはうなずける話ではあります。


男の子のそういった願望の反映としてしずかちゃんが生まれたのか、しずかちゃんを見ることによってそういった願望が形成されたのかはわからないんですが、しずかちゃんは僕たちを魅了し続けるわけです。では、現実においても男の子は女性にしずかちゃん的な要素を期待しているんでしょうか。結論から言うとイエスなんですが、もう少し詳しく見ていきたいと思います。


まず確認しなくてはいけないのはしずかちゃんの持つ要素。劇場版に限らず、彼女は紅一点的存在なので、必然的に男の子たちの視線を集めます。テレビ版では申し訳程度に女友達との下校風景などが描かれますが、のび太と会うとすぐに分かれてしまう。そんな様子を見ると彼女が女子グループからは嫌われているのでは心配してしまいますが、そんな不安は微塵も見せずに笑顔でのび太と話している。加えて、そこまで完全に男に媚びているかといえばそうではなく、「その日はピアノのレッスンなの」とハズしてみせたりする。近いようで遠い存在でもあるのです。さらに、単純なことですが彼女の容姿にも注目するべきだと思います。眉目秀麗、年の割には発育のいい体つき、言動の女の子っぽさ、「ドラえもん」に登場する人物の中でもあまりに贔屓目なキャラデザイン。


最後に、ここが意見の分かれるところだとは思いますが、彼女が(本当のところはわからないが)出来杉くんと結構いい感じであるということです。出来杉くんといえば優等生でイケメンでやさしい男の子、そんな女子の憧れ的な存在です。その出来杉くんと彼女がいい感じなのは自然の摂理というか、当然な流れなのですが、私見では彼女が彼に対して表面的な付き合いしかしていないように感じます。宿題のやりとりなど、非常に事務的な関係しか結んでいないような印象があります。一種のステータスとしての、便利な道具としての出来杉くんですね。よく考えると彼女はいわゆるスイーツ(笑)的な要素が強く出ているようにも感じられますが、そんな二人の様子ものび太の目にはいい感じに映ってしまうのです。そして、のび太の惨めさが際立つような演出がなされる。のび太は気付くべきである、彼女に悲鳴を上げさせられるほど彼女の領域に踏み込んでいるのは誰なのかということに。真に同情すべきは出来杉くんの方なのではないでしょうか。


さて、このように見てみるとしずかちゃんは彼女にしたい存在というよりは、みんなのアイドルとしての要素が強いように感じられます。出来杉くんとの件は彼女の高嶺の花感をより強めます。アイドルとしてのしずかちゃんというと、自明なように思えますが、問題はその先にあります。みんながここまで憧れるしずかちゃんですが、注目すべきなのは彼女自身の空虚感であると思います。外枠としての彼女、つまり家族構成、趣味などは明らかですが、その内的葛藤はわからない。かつてしずかちゃんが悩んだり苦悶したりしている様子が描かれたでしょうか。常にのび太の馬鹿な思いつきに巻き込まれる形で二次的なリアクションとしての行動をするだけです。たまに残虐な一面やサディスティックな部分をのぞかせるときもあるけど、常に始まりはのび太です。「ドラえもん」という物語上仕方のない構成ではあるけれど、それゆえに彼女の空虚さは強調され、アイドルとしての純化が進むのです。


ここで更に取り上げるべきはジャイ子の存在です。クリスチーネ剛田として将来有望な漫画家であり、のび太を思う気持ちは熱い。ジャイアンの妹ということを差し引いても、「それでいいじゃん」となりそうな感じではあるが、そうではない。ポジション的には非常に有利な立場にいるはずなのに、その容姿はジャイアンと瓜二つの豚鼻、声もガラガラ、寸胴体形と、あまりにも酷い扱いです。Wikipediaにも


ジャイ子」は本名ではなく、原作者である藤子・F・不二雄は真実を明かす予定だったらしいが、同じ名前の子供がいじめられるかもしれないと作者自身が考えたため公表していない(生前、藤子は「友達の女の子をジャイ子と呼ぶのはやめましょう」と語っていた)。


と書いてあります。なぜここまで彼女が不当な扱いを受けなければいけないのか。穿った見方をすれば、女の子は(将来役に立つ)勉強とか適当でいいから容姿磨きとそれなりの教養(ピアノとか)を持つことに従事していればいい。そうでないと男の子から相手にされないよ、ということなのであろうか。そう考えると「ドラえもん」は男の子にとっては非常に夢のあるものですが、女の子にとってはつらいものであるかもしれません。のび太がしずかちゃんと結婚できるなんて誰も思わないけど、実際は出来てしまった。男の子にはダサくても何とかなることを期待させてくれますが、女の子はそうはいかないという現実を突きつけてきます。


そして、残念なことに実際その傾向は見受けられます。わかりやすく言えば、「ブスとイケメンのカップル」と「ブ男と美女のカップル」のどっちが多いかということです。印象としては後者のほうが多いように思います。つまり、そこであまったブスはブ男とくっつくしかないということになるのですが、ブスにも相手にされないブ男は・・・とこの話はまた別の話ですね。


ここで強引に結論に持っていくと、しずかちゃんは中身のない非常に都合の良い女の子であるということです。その意味では、リカちゃん人形やエビちゃんなどと変わりありません。それらがスイーツ(笑)製造機であるのと同様にしずかちゃんもスイーツ(笑)予備軍であるのはその中身のなさに由来します。そして、そんな様子を見ると男たちは「こんな馬鹿がいる」と見下しながら安心するのです*1。現実において男たちが女性にしずかちゃん的な部分を求めているとすれば、きれいで空虚なアイドル的あるいは人形的な要素と、決して自分と肩を並べることのない安心感にあると思います。


「きゃー!のび太さんのエッチー!」


この言葉が非常に心地良いのは、言葉が繰り返されるたびに彼女が空虚な存在であり、自分を脅かす存在でないということを強化してくれるからであると思います。その予定調和的なリアクションは、いかにも手中で踊っているかのような征服感を満たし、そのことによってPTSDに陥るような面倒臭さもない(=空虚である)。僕なんかはそんな娘が彼女だといいなぁなんて思うのですが、それはきっと批判されるべき立場なのかもしれません。



小悪魔的な一面など、まだまだしずかちゃんには語るべき魅力はあると思うのですが、今回はその一部分を取り上げてみました。少なくともしずかちゃんにどんな魅力を見出すかで、その人の女性観が分かるような気もします。その意味で今回は考察というより、自己言及だったのかもしれません。そんな僕がアイマスにはまるのもうなずける話です。


ゆーざき

*1:ただ、少し彼女からビッチ臭がするのもその空虚性からではあると思います。つまり彼女はちょっとタフすぎるんですね。テンプレート化してしまっているとはいえ、もう少し真剣に恥ずかしがって欲しいものです。