福山雅治でも歌っとけばよかった。 後悔3日目


「僕ら〜が引力に〜、逆らいながら〜出会った頃〜♪」と一人カラオケに興じていた302号室の扉がバタンと開き、「歌う〜? あたしも歌う〜?」と奇天烈な質問を連呼しながら20代中盤と思わしき女性が突然部屋に入ってきた。仲根かすみっぽい*1かわいらしい人だ。

映画でも漫画でもないのにそんなことが起こるなんてと身じろぎし、とりあえず曲を止める。酔っているのかいないのか、顔からは判断がつかなかったが、言動の支離滅裂さを見るにおそらく「泥酔」状態だろう。部屋に入るや否やその女性は、広い広い部屋にポツンと座った僕の隣にぴったりと座ってきた。心拍数が上がる。

女性:「あのさぁ、あたしは、あたしなわけ。それについてさ、あんたはどう思うの?」

なかなか辛らつな質問だ。

自分:「何くだらないこと聞いてんだよ。お前は、お前だよ。」 ぎゅっ
女性:「…抱いて。」


という超展開を演出すべく言葉を探したが、どれだけ探しても選択肢が見つからない。

どうする? →
1:「いや、どう思うも何も…。どこからいらっしゃったんですか?」
2:「こんなところで何されてるんですか?」
3:「酔ってらっしゃいます? 大丈夫ですか?」

ダメだダメだダメだ!
どれだけカラオケの曲目リストをめくっても、リモコンで検索しても、
「お前は、お前だよ。」なんて言葉は出てこない。はぁ。

結局、?「いや、どうも何も…。どこからいらっしゃったんですか?」という、NHKのど自慢の司会者のような質問をしてしまい、案の定女性はがっかりしていた。

女性:「もういいから。そういうのはー。だから、あたしのことどう思うの?」
自分:「えー…。いや、素敵な方だと思いますよ。」
女性:「あたしなんかね、ホントもう、犬以下の人生。
トリマー*2なんてね。もう犬以下。どう思うのよ、それについて。」

再びチャンスが訪れる。

自分:「お前、何言ってんだよ。自分の仕事に誇り持てよ」 ぎゅっ
女性:「…抱いて。」


という言葉が浮かんでくるはずも無く、また頭の中には、

どうする?→
1:「いやいや、こうして立派に生きていらっしゃるじゃないですか。」   
2:「犬以下だなんて、おっしゃらずに!」
3:「トリマーだって立派なお仕事ですよ。」

またもやヘタレっぷり爆発の僕は、?「いやいや、こうして立派に生きていらっしゃるじゃないですか。」と、フォローにも何にもなっていないセリフを口にしてしまったのであった。





しかしまぁ、一体どうやったら、「正解」の選択肢が浮かんでくるんだろうか。その場で。やはり肉食動物と草食動物の差のように、歴然とした何かが“こっちサイド”と“むこうサイド”には横たわっているのだろうか。
だからといって、村上春樹海辺のカフカ』の主人公のように、「たぶん」「とても」「かなり」「すごく」と言っていれば女の子が「何かの思想みたい」な柔らかい手のひらでシてくれるような受動願望が、成就する未来など想像できない。
とすると、虫取り網を持っているわけでもなく、虫が寄ってくる体質でもない僕が生きる道はどこにあるのか?樹液を塗るとか、罠を張るとか?そうだ、きっとそれが一番に違いない。昼間にせっせと木の皮を剥がしては樹液を塗り、じっと夜更けを待つ。寄ってきたところを捕まえる。情けないがそれしかない。昼間にカブトムシを見つけても捕まえに行く勇気はないし、突然こちらに向かってクワガタが飛んできても、「どこから来たんですか?クワガタさん」と言って逃げるのが常だろう。
虫を捕まえたいのに虫除けスプレーを持ち歩いている、みたいな矛盾をはらみながら、生きていくのはなかなかつらい。




その後も支離滅裂ながらに話す彼女の言葉に注意深く耳を傾けていると、どうやら誰かを連れて来いと言われたらしいことが判明した。「お前、男の一人でも連れてきてみろよー。」という深夜のノリに振り回され、彼女はわざわざ3Fをうろうろし、僕の部屋に迷い込んだんだろう。もちろん僕はついていくなんて芸当、出来るはずもなく、一緒に2Fへ降りるフリをして店員さんに「この人酔ってるんで、介抱してあげて下さい。」と逃げた。思い返しても笑ってしまうくらい最悪だ。

彼女は入る部屋を間違えた。となりの303号室ではずっと、EXILEとコブクロ湘南乃風を歌っている男子2人組がいたが、そっちの扉を開けていればきっと、2Fまできちんとついて行き、純恋歌の一つでも歌ってくれたに違いない。



都合よく午前3時ごろに、福山雅治の「IT'S ONLY LOVE」でも歌っていれば、
「…抱いて。」となっていただろうか?

もしそうなっていても、キス一つできないであろう自分に、
後悔した。


おおはし

*1:おおはしの「○○と似てる」は、実際と全然違うことで評判である。当てにしないで読み進めて欲しい。

*2:トリマーとは、ペットの美容師。「飼い主>犬>トリマー」という図式に、彼女は自分を「犬以下」と卑下したのだろう。