9通目 コーチをねらえ!


(最終決戦前に地球との時差でコーチが死んでしまったと思って悲しむカズミと励ますノリコ。)


始めてきちんと「トップをねらえ!」を見ました。ガイナックスが「王立宇宙軍オネアミスの翼」で出た赤字を回収するために製作したアニメーションということだけあってかなり気合の入ったものでした。簡単なあらすじは、宇宙軍提督の娘タカヤノリコは父の戦死をきっかけにパイロットになることを目指す。その中で憧れのお姉さまアマノカズミと出会い、二人はガンバスターパイロットとして宇宙怪獣と戦うのだった... 基本的には「宇宙戦艦ヤマト」と「トップガン」と「エースをねらえ」を合体させたものなのですが、ロボットと美少女というオタクの心わしづかみで、且つ主題歌は酒井法子、豪華声優陣、狙いすぎなキャラデザだったり、ソビエトの天才パイロットの名前はユングフロイトだったりと、挙げればきりがないほど多くのガジェットが盛り込まれ、全6話でありながら非常に内容の濃いものとなっています*1


基本的な作品説明はほどほどにして、ここで取り上げたいのはノリコとカズミのコーチです。落ちこぼれだったノリコの才能を見出し、二人を立派なパイロットに育てあげ、最終的には宇宙放射線に侵されて死んでしまうのですが、率直な意見として、僕はコーチになりたい。かつて「スチュワーデス物語」という堀ちえみ主演のテレビドラマがありましたが、それもやはり教官と女の子という関係でありました。その他にも「高校教師」など、こうした構図はなじみのものではありますが、この位置関係は非常に羨ましいと言わざるを得ません。


そして、岡田斗司夫を筆頭にしたガイナックスが美少女だけでもなく、男の子のヒーローを登場させるでもなく、コーチと美少女という形式をとったということにもかなりの戦略を見て取れます。かつての男の子、あるいは今もかも知れませんが、憧れる対象はヒーローであったはずです。僕も未だにヒーローものを見たりしますが、そこにある種の限界を感じてはいます。なぜ自分がそこまで体を張らなくてはいけないのか、人間から離れてまで地球を守らなければいけないのか。様々な葛藤が戦うことによって生じてしまいます。しかし、コーチという立場にはそういった葛藤はありません。少女を媒介にして栄光のポジションを得ることが出来る上、かわいい女の子からは慕ってもらえるのです。これほどにおいしいポジションがあったでしょうか。今真に目指すべきはコーチであると僕は思います。

しかしなぜここまでヒーローの存在は落ちぶれてしまったのでしょうか。現在も男の子が憧れる対象としてはヒーローや正義の味方的なポジションであるかもしれませんが、それも一時。しばらくしたら過酷な現実に直面することになります。本作にもかっこいい青年スミスが登場するのですが、断末魔も劇的な演出も無く、帰艦したらいなかったという扱いでありました。それを機にノリコはもう泣かないと決意するのですが、そこにあるのはヒーローの徹底的な排除と、死ぬことによってしか影響を与えることが出来ない男の子の悲しい運命が明示されているのです。

それよりもかわいい女の子と一緒にひとつの目標に向かって二人三脚で頑張った方が楽しくて有意義な気もしてくるのは自然な流れではないでしょうか。もちろんただ普通に過ごしていたのでは立派なコーチになれませんから、それなりの技術と人間性を身に付けながら虎視眈々とそのときを待っていれば良いのです。もしそれなりに人間性が出来上がったなら多少のことがあっても「今のお前にはまだ分からんかもしれんが…」というような意味深っぽい発言と寡黙を保っていれば、何とかなるものです。「トップをねらえ!」のコーチも内面は熱いのですが、なかなかその真意を悟らせないのでカズミから何回か意見されるのですが、コーチは決して彼女の話に耳を貸しません。これで万事うまく行くのが物語のいいところなのですが、そこは臨機応変にいきたいところではあります。


さて、現実的に考えてコーチ的な立場になることはそう多くないような気もしますが、そうでもないことをスポーツの世界は教えてくれます。部活の顧問や資格を取得して云々というような面倒くさい手段をとることなくコーチをやっている人たち、それは父親です。例えばアニマル浜口横峯良郎など、本人が有名かどうかに限らず、きっとアスリートの中には父親兼コーチという親子関係が数多く存在しているはずです。彼らが本人と同じか、それ以上に熱心になっているのは、娘とひとつの目標に向かっているという一体感と、その結果得られる高揚感を味わいたいがためであり、果たしてどちらの自己実現なのか分からない状態に陥っています。

多くの父親が、彼らのように共通の話題を持って仲睦まじく振舞っている様子に憧れるのでしょうが、どうも一般の父親たちはうまくいっているように感じられません。残念ながら娘にとってはそういった押し付けは鬱陶しいものであり、どうでもいいことなのです。ここに父親であることの限界があります。決して志願したわけではない娘たちがそこまで熱中してくれる保証はないし、プライベートでも顔を突き合せるので人間性もばればれです。

簡易コーチである父親にはやはりそこまでしか期待できそうもありません。コーチという側面からしたら、きっちりと父親との両立が出来る可能性は低く、当初期待していた関係を築けるかどうかに疑問が残ります。それほどにコーチへの道は遠いのでしょうか。やはり、誰もが理想とする存在にはそれなりの覚悟と努力が必要なのでしょうか。


改めてコーチの魅力を整理してみると、「自分がそこまでつらい思いをすることなく栄冠を手にすることが出来る」「かわいい女の子と二人三脚、ひとつの目標に向かうことで一体感を得ることが出来る」「二人の関係は目標という第三項によって結びついているので、人間関係が単純化されて煩わされることが無い」といったところでしょうか。なんといっても三番目は魅力的です。これは男女問わず理想的な関係のひとつであると思うのですが、殊異性間となるとなかなかそうも行かないものです。

なぜここまでヒーローは求められていないのか。この問いに対して、ひとつの答えがあるとするなら、もはや男の子たちは戦うことに疲れてしまったのかもしれません。「セーラームーン」や「プリキュア」のおかげで女の子も戦えることが証明されました。しかし、それでも栄光を手に入れたい我々はコーチという後方支援に回ることによって間接的に実現させようとしているのではないでしょうか。この「トップをねらえ!」は1989年に発表された作品ですが、その以後ドラゴンボールブームを最後にヒーローたちは鳴りを潜めてしまっています。ヒーロー生産機だったジャンプももはや腐女子の手に落ち、純粋に男の子が憧れるヒーロー像は描きにくくなっています。その代替物としてのコーチですが、この位置もなかなか悪くは無い。しばらくはこのポジションに憧れ、かつての少年たちがそうであったように、指をくわえてそのときが来るのを待っていてもいいかもしれません。


ゆーざき

*1:キャラデザインは当時マクロスで人気だった美樹本晴彦、監督は庵野秀明、声優はノリコ役が日高のり子(タッチの南ちゃんが有名)、カズミ役が佐久間レイ魔女の宅急便のジジが有名)、コーチ役が若本規夫(アナゴさんとセルが有名)と超豪華。その他、鉄ゲタを履いて特訓するカズミの姿に心打たれるノリコや、風呂でのポロリなど、サービスシーン満載なので一度見てみることをお勧めします。