加工前の写真なんて見なければよかった。 後悔11日目



バイト先に、冊子に使用した著名人の写真のバックアップを、ファイルにまとめて保存しておく「ストレージ整理」という仕事がある。袋に乱雑に入った写真のネガやポジやCD-Rなどを逐一チェックして、雑誌のバックナンバーを漁り、何年の何月号で使用した写真なのかを掘り出して付箋を貼って作業は完了。あとから参照しやすいようにする作業だ。

しかしこの仕事、いくら顔を見ても誰だか分からない作家の写真ばかりでなかなかしんどかったりするのだが、時々、今をときめいたような著名人がニコっと笑っていて「おっ」となる。かわいい女性タレントの笑顔に癒されることだけが、ストレージ整理の醍醐味なのである。


先週、そんな誰もやりたくないストレージ整理を黙々とこなしていると、「おっ」と思う写真があった。女優Hさんが椅子に座って本を読んでいる落ち着いたショットである。「へぇー、やっぱりかわいいもんだ。」と思ってペラペラと写真をめくっていくと、ふとある付箋が目に付いた。

「お腹出すぎなんで、ウエスト上で切ってください。」

黄緑色の付箋に鉛筆で何の感情もなく書かれた文字に、驚いてしまった。おそらく、その写真が紙面に載ることになったのだろう、赤ペンで印がしてあったのだが、そのどストレートな物言いにはむしろ痛快さすら覚えてしまう。

確かに、写真をよくよく見ると、いわゆる「下腹ぽっこり」が目に見えて分かるくらいだった。意外にそのぽっこりがかわいくも見えたりするのだが…、やはり雑誌的、事務所的にはNGなのだろう。


しかし、そこでした後悔は、いわゆる「女優Hが下腹ぽっこりしているなんて、知りたくなかった!」というような、アイドルはトイレに行かない幻想と同じようなものでは、ない。
そうではなくて、「今後女優Hを見るたびに、そればかりを思い出してしまうに違いない。ああ、下腹ぽっこり写真なんて見なければよかった。」というものだ。


漫画、アニメ『さよなら絶望先生』の中でもパロディが出てきたが、ある一つの事柄を見てしまうと、次からそればかりが目に付く、ということがよくある。同作品内では確か、ニュースキャスターの髪型が気になって気になって、結局何のニュースか全然覚えていない、というシーンをはじめいくつも例が挙げられていたが、今回の写真はまさにそれである。



付箋を見つけることによって、それまで目に付かなかった「下腹ぽっこり」が見えてくるということ、あるいは「下腹ぽっこりを見ようとする自分」が現れてくるということ、これはラカンの言う「まなざし」の問題につながるかもしれない。一枚の写真が付箋というまなざしをこちらに投げかけることによって、我々が「(そういう風に)見る主体」を獲得するという。

とすると、そんな主体獲得したくなかったなぁ、と思う。
危うきに近寄るべからず、女優Hを普通に眺めていたかった。
後悔した。



おおはし