渚にて 〜BItch on the beach〜

夏本番。
「ママー、あのおじさん誰に話かけてるのー?」「けんちゃん、見ちゃいけません!最近、暑い日が続いたから…」という親子の会話が聞こえてきそうな今日このごろ、今年も湘南海岸には、関東中から一時の快楽を求めて何百万人もの熱に浮かされた人々が押し寄せる。
僕自身、上京してから四回目の夏だが、海水が波打っているのか、それとも人が波を形成しているのか、遠目には判然としない都会のビーチへは、いまだに泳ぎに行く気にはなれない。しかし、想像の中では、渋谷のセンター街がそのままビーチになって、人々が水着姿で泳いだり酒飲んだりしている無秩序状態のイメージがしっかり完成されていて、その状況を妄想するのが、けっこう楽しかったりする。


だって、いいじゃないですか。何百万人の人々が、都会の暑さでぼーっとなった頭を解放するため、「楽しみたい!」という単純な快楽を味わう目的で、炎天下の砂浜に終結するんですよ。しかも、ほぼ裸で。子供との想い出を作りにきたファミリー、海辺のロマンスを味わいに来たカップル、黒光りしたボディを目指すギャル男、サークル仲間と酒盛りに来た大学生、ビーチの視線を釘付けにしたい大胆なビキニ姿の女性、そんな女性を激写する盗撮魔、ギャルたちの想い出を踏みにじりたい露出狂のおじさん、そんな男を取り締まる警察官、楽しい想い出を作って欲しいと切に願うライフセーバー、ナンパをしにきたお兄さん、ナンパ待ちのお姉さん、健全か不健全かは関係なく、みんながそれぞれの欲望のままに行動ができる場所、それが真夏の湘南海岸です。さっそく海水浴にでかけた僕の友人の話によると、今年は普通の海の家に並んで、アダルトビデオレーベルS.O.Dことソフト・オン・デマンドまでが海の家を出店していて、現役AV嬢による特別イベントまで行われているそうです。その欲望の開けっぴろげさに、わたくしも感服してしまいます。


真夏の海辺では、それぞれの思惑が交差しまくり。同好のグループ内での「あの娘の水着姿を目に焼き付けたい!あわよくばセックスしたい!」という野望はもちろんですが、あれだけ密集し、限られた砂浜を奪い合うのですから、否応なく他グループとの接触も回避しきれません。開放的な気持ちになった若者たちが、悪のりして近くのカップルに絡んでいる姿が目に浮かびます。暴走した欲望の発露が、他者を傷つけてしまうなんてことはおかまいなし、彼らはもはや無敵でしょう。この時期、夕方六時台のニュースによく特集される浜辺の事件簿で、僕が何より楽しみなのは、炎天下の中急性アルコール中毒ライフセーバーに運ばれるビキニ姿の娘たちと、クラゲに刺された海水浴客が列を作る、特設の看護スペースの模様を見ることです。さっきまで、傍若無人に騒ぎまくっていたグループが、仲間がそこに運ばれた瞬間、急にテンションが低くなって、本気で心配している表情になったり、さっきまで楽しく波打ち際でビーチバレーをしていたギャルたちが、クラゲに刺されていまにも泣きそうな顔をしているのを見ると、いけないことだとは思いながらも、ついつい痛快な気持ちになってしまいます。普段は一見して能天気な彼らにも、このときだけは哀愁すら漂っている。


しかし、そんな若者の裸の欲望が入り乱れた砂浜を見渡してみると、おやおや、何か足りなくはないだろうか?この世の中には一定数存在するはずの彼ら、そう、そこにモテない男女たちがどこを探しても見つからない。せいぜい、生のビキニ美女を見に来た、指をくわえたオーディエンスとして、辛うじて散在しているだけだ。いわゆる恋愛弱者、コミュニケーション弱者にとって、真夏のビーチほど、立ち入ってはいけない場所はない。彼らは顔面が不味い、話がつまらない、といった自覚的な汚点を常に背負って生きなければならない、たとえそれが開放的な真夏のビーチだろうと、彼はその負い目から自由にはなれないのである。夏だろうと何だろうと、彼らは決して他者の視線におびえている。お祭りムードのビーチであっても、他人の顔色を伺いながらしか、振る舞うことができないのだ。
「いやいや、そんなことはない。僕はモテたことのない人間ですが、今年の夏こそと奮起してビーチではしゃぎまくってますよ!夏、サイコー!」
そういうあなたは、自分の胸に手を当てて、聞いて欲しい。あなたはすでに、その行動が不自然だということに気付いているはずです。本当は、はしゃぎすぎて周りに迷惑がかかることを、過度に恐れているはずです。どうでしょう?あなたは自信を持って、真夏のビーチに似合った、振る舞いができていると言えるのですか。
しかもしかも。あなたが同化しようと画策しているモテサークルのひとびとは、単に鈍感力に任せて一方的なコミュニケーションに焚けているわけではなく、あなたの言動のふしぶしのニュアンスにとてもとても敏感なのですよ。


そうです。あなたたちの欲望は、湘南海岸では満たすことができません。そうあなたたちの聖地は、夏だろうと冬だろうと、秋葉原なのですから。確かに、よくよく考えてみれば、真夏の湘南海岸と、数ヶ月前まで設けられていたアキバの歩行者天国では、欲望が暴走しているという点においては大差ないのではないだろうか?どちらも、一体感のない奇妙な熱気につつまれているし、水着やコスプレといった、普段なら異彩を放つお祭り衣装を、恥ずかし気もなく着ることができる。しかし、両者の服装の大きな違いは、どんどんと裸に近づいていくのと、どんどんと余計な装飾を施して原型を失っていくのとの違いである。両者は、同じように自分の欲望に正直に行動しているつもりでも、その方向はまったくの逆を向いてしまっている。裸になりたいけれど、何らかの理由でなれない人々は、どうにかして着ている服で誤魔化すしかない。
しかし、いったい何が彼らの裸になりたい欲望を阻害してしまっているのだろうか?単に、あまりにセンシティブなガラスのハートということで、片付けられる問題なのだろうか?


そんなことを考えるより、まずは目先のハートの弱さを克服すべきだろう。なんだかんだ言っておきながら、結局は、セックスがしたいのでしょうし。
湘南海岸の若者のみなさん、くれぐれも水難事故に気をつけて。そして、秋葉原コスプレイヤーのみなさん、白昼の通り魔に、そして今度はあなたが通り魔にならずに済むよう、気をつけましょう。
そして、お互いに、よい夏休みを過ごしましょう。


松下